長崎市の銅座町は長崎くんちの南蛮船、銅座界隈のワクワク感、銅座町にはイベント盛りだくさん!

銅座の楽しみ方

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銅座界隈の楽しみ方

長崎は魚のまち、どこよりも新鮮な魚を堪能できます!

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銅座、思案橋、浜町周辺の飲み屋、スナック、ラウンジなどが一同に参加して行うイベントです。なかでも参加店舗100軒のなかから5軒を2時間ではしご酒する「はしご酒らりー」が人気を集めています。

路地裏が楽しい

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女性なら誰でも参加できる食べ歩きイベントで、指定された食事のお店2店舗、スナックorバー1店舗、お土産店1店舗の計4店舗を廻っていただきます。完走後は抽選にて豪華景品も!

レトロな雰囲気もたっぷり

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思案橋があったところには欄干のモニュメントが(思案橋電停すぐ)。歴史あふれる長崎の夜の町 思案橋・銅座界隈は、路地裏の小さな通りも魅力です。

銅座町通り

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観光通り電停から徒歩すぐ、誘われるように入って行くと、地元で評判の居酒屋や寿司屋、老舗のラーメン屋さんなどが並びます。ビルの上の神社「銅座稲荷」も近くです。銅座町のくんちの演し物「南蛮船」のオブジェが掲げられた銅座町通りの門遠くからわざわざ足を運ぶ人も多い長崎産の「あら」や「ふぐ」もぜひ味わって!長崎は鯨がおいしいことでも有名。「鯨あります」の暖簾がかかっているお店でどうぞ!

銅座を歩くと、店の玄関先で見られる「盛り塩」。商売繁盛の縁起ものだ!

長い伝統と歴史に包まれた銅座には、いろんな風習が残っています。その中の一つが「盛り塩」。今では全国的に見られる盛り塩ですが、元々中国の故事に由来する縁起を担ぐ風習。中国文化が最初に伝わった長崎から始まったとも考えられます。

まちあるきガイドMAP

明治・大正時代

イネの住居兼診療所があった・・・

銅座橋の通りの一角に、シーボルトの日本人妻・楠本タキと娘イネの住居がありました。もともと、タキの実家(コンニャク屋)だった場所です。その後、イネは日本人女性で初めて産科医として西洋医学を学び、東京で開業したあと、長崎に戻り、この地に開業しています。

芝居小屋がいっぱい

現在の銅座周辺には、芝居小屋が点在していました。昔の人は芝居小屋のことを「シバヤ」と言っていたとか。それで、芝居小屋がたくさんあったあたりを「シバヤンジ」と呼んでいたそうです。

多くの文化人と交流した「銅座の殿様」

永見家は貿易商、諸藩への大名貸し、大地主として巨万の富を築き、くんちの諸経費も一手に引き受ける「銅座の殿様」でした。その永見家の6代にあたる徳太 郎は1890年(明治23.)生まれ。若い頃から写真や絵画に親しみ、数々の作品を世に出した文化人。竹久夢二や芥川龍之介、菊池寛など、数多くの文人墨 客と交流を持ち、彼らが長崎を訪れた際には必ず永見家を訪問していたといわれています。

銅座のパワースポット!?

銅座のビルの屋上にある稲荷神社。この「神社お参りすると、御利益があると伝えられています。というのは、明治の初め頃、銅座町付近に大火があったとき、 お稲荷さんが表れて白い御幣を振ったため延焼を免れたとか。また、日露戦争のとき銅座町の軍人さんを守ったという言い伝えも残っています。ビルの下からお 参りするだけでもご利益ありかも!?

人とモノが行き交う交流地点

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築町電停のそばには「俵物(ひょうもつ)役所跡」の碑があります。俵物役所は1745年に設立され、煎海鼠(いりこ)、鱶鰭(ふかひれ)、干鮑(ほしあわ び)などの俵物を収集。過去を行っていました。これら俵物は主に海を渡り、中国へと輸出されました。出島や新地蔵ともほど近い銅座地区は、昔から人とモノ が交流する拠点だったのです。

長崎市銅座町13-10 TEL 095-824-4778 お問い合わせ 10:00~17:00

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